近視の治療最前線
世界注目の近視の進行を抑える方法とは?〈前半〉
点眼薬による近視の進行抑制治療
子どもの近視に関する研究は、特にアジア各国でさかんに行われています。日本をはじめ、韓国や中国などでは幼少期から近視になる子どもが多く、臨床研究でも、世界をリードしています。なかでもこの数年でさかんに行われるようになったのが「低濃度アトロピン」という点眼薬による近視の進行抑制治療です。近視は、「眼軸(目の奥行きの長さ)」が伸びることによって進むことがわかっています。学童期〜中高生の成長期には、身長と同じように眼軸も長くなり、それにともなって視力も低下していきます。
残念なことに、いったん伸びた眼軸を短くして、視力を回復させることは不可能です。しかし、眼軸が急速に伸びる時期には、少しでも視力の低下を抑える治療が必要です。そこで注目されるようになったのが、「低濃度アトロピン」による治療の研究でした。
「アトロピン」は、もともと1%の濃度の点眼薬として、子どもの眼鏡を処方するときの調節麻痺剤や、眼の中に起きた炎症をおさえるための散瞳剤として使われてきた薬です。調節麻痺剤は、目のピント調節の力を取り除く薬剤なので、点眼するとピンぼけの状態になり、手もとに焦点が合わなくなります。散瞳剤は、強制的に瞳孔を開いたままにする薬剤なので、点眼するとまぶしくなります。
この「アトロピン」を、0.01%、または0.025%に希釈したものを継続的に点眼することによって、眼軸が伸びるのを抑える目的で始まったのが、「低濃度アトロピン」による近視治療です。
この治療薬を開発したシンガポールの国立眼科センターによる研究では、6歳〜12歳の子どもに0.01%の「低濃度アトロピン」の目薬をさす治療を2年間続けたところ、約50%は近視の進行が抑えられたという研究結果が報告されています。
日本でも、複数の大学で研究が進められています。シンガポールでの結果ほど、高い治療効果は認められなかったものの、1日1回、寝る前に1滴点眼するだけなので、治療のハードルも低く、近視治療のスタートにはふさわしい薬だといえるでしょう。
“そんなに効果のある目薬なら、0.01%などとケチなことをいわずに、もっと濃いものを使えばいいのに”と思うかもしれませんが、濃度が高いほどいいわけではないのです。先に述べたように、1%では手もとが見えにくい、まぶしさを感じるなどの副作用があり、日常的に使うことはできません。
そこで、副作用を起こす心配がほとんどなく、中止してもリバウンドで近視が進んでしまう確率が低く、眼軸の伸びを抑える効果が認められる濃度を追究した結果、0.01%の濃度の「低濃度アトロピン」が適切という結論に至り、これが眼科の医療現場で用いられるようになったのです。
日常の診療で、この「低濃度アトロピン」による治療を行っているCS眼科クリニック院長・宇井牧子先生は、「治療を始めるタイミングを逃さないでほしい」と強調します。
「 “メガネやコンタクトレンズを使えば見えるようになるから大丈夫”と安易に考えないでほしいのです。
小学校に上がる前の年齢で近視を発症してしまうと、そのまま治療しなかった場合、かなりの確率で強度近視といわれる状態に進展します。
強度近視は、単に視力が出ないだけでなく、緑内障や眼球の内側にある網膜が剥がれてしまう網膜剥離に発展して、視力を失うようなケースさえあるのです。そのため、早くから近視になったお子さんには、低濃度アトロピンによる治療をすすめます。近視を軽視せず、早めに眼科を受診して治療を始めることをおすすめします」(宇井先生)
2022年現在、この「低濃度アトロピン」による近視の進行抑制治療は、保険診療の適応外となるため、自由診療の扱いです。しかし、0.01%と0.025%の「低濃度アトロピン点眼薬」は多くの眼科クリニックで処方されています。お子さんの視力に不安がある場合は、まず、かかりつけの眼科で相談してみてはいかがでしょうか。
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